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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)2927号 判決

原告

吉本萬寿夫

原告

吉本伯枝

右両名訴訟代理人

板東宏和

外四名

被告

阪神電気鉄道株式会社

右代表者

野田忠二郎

右訴訟代理人

小長谷国男

外三名

主文

一  被告は、原告ら各自に対し、各金二七一万二六七三円及び内金一九八万一四二三円に対する昭和四九年七月二六日から昭和五二年六月一三日まで年五分の、同月一四日から支払ずみに至るまで年六分の、各割合による内金七三万一二五〇円に対する昭和四九年七月二六日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを九分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

原告ら代理人は、「1被告は、原告ら各自に対し、各金二七〇七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和四九年七月二六日から右支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。2訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  請求の趣旨に対する答弁

被告代理人は、「1原告らの請求をいずれも棄却する。2訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 訴外亡吉本理究(昭和四六年六月三日生、以下「亡理究」という。)は、昭和四九年七月二六日午後四時五分頃、神戸市灘区北青木三の二にある被告阪神電気鉄道株式会社(以下「被告会社」という。)青木駅下り三番線プラットホーム(以下「本件プラットホーム」という。)の東端から約一六メートル、線路端から約0.7メートルで、同ホーム上に引かれていた白線の内側約0.2メートルの地点に佇立し、下り普通電車を待つていたところ、右三番線を西九条発三宮行特急電車(訴外大内田常晃運転、三両編成、以下「事故電車」という。)が、時速約九五キロメートルの速度で通過した際、これによつて生じた強風(以下これを「列車風」という。)に巻き込まれ、足を掬われるようにして半回転し、頭から同ホームに叩きつけられ、頭蓋骨複雑骨折、第二、第三頸椎骨折等の傷害を負い、同日午後四時四〇分頃、右骨折による脳挫傷により死亡した。

(二) 本件事故は、事故電車の捲き起こした列車風によるものである。列車風とは、列車が通過する際に生じる風であり、列車の通過に伴つて、「湧出流」「境界層流」「伴流」の順に発生し、その風向は、平面的には、まず列車頭部通過直前から直後にかけては列車から引き離すように、かつ列車の進行方向と同一方向への風が吹き、徐々に列車の進行方向と反対側へ風が向かい、次いで列車に吸い込むように、しかも列車の進行方向と反対側に風が向かい、やがて進行方向と同方向へと向かつて終わるものであるが、立面的には、極めて複雑であり、一定せず、一般的には下から上へ吹き上げる風と上から下へ叩きつける風とが交互に生じるが、時には渦巻状に風向が変化する場合もあり、ことに駅のプラットホームを列車が通過する際に生じる列車風の場合は、プラットホームの屋根や床、あるいはプラットホームの壁面やベンチ、看板等の障害物によつて風が反射するため、また、列車下部に生じた列車風が列車とプラットホームの間から強く吹き上げるため、より複雑かつ強弱に富んだ風となる。また、その風速は列車速度にほぼ比例し、列車の側面に近い位置程大きい。それがどの程度のものであるかは、列車や通過場所の形状等の外的条件や発生場所により数値が変化するが、一般的には、事故電車のように頭部が箱形の列車では、列車側面から0.5メートル離れた地点で列車速度の五〇パーセント程度、1.0メートル離れた地点で四〇パーセント程度の最大風速が平地で生じると言われている(従つて、通過列車の速度が時速九五キロメートルの場合には、列車側面から0.5メートルの地点で最大風速秒速13.19メートルの、1.0メートルの地点で同10.55メートルの列車風が生じることとなる。)。

このように、列車風の特徴は、その発生が突発的であり、かつ、風向が上下左右に一定しないことであり、そのため列車風の中に位置する人体は、列車風に対する防禦姿勢を十分かつ有効にとることができないでその影響を受けることになり、ことに幼児の場合は、成人に比して体重が軽く、かつ、重心が不安定であるうえに、風圧に抵抗する力もなく、有効かつ十分な防禦姿勢をとる能力に劣るため、転がるようにして地面に叩きつけられることが多い。そして、プラットホーム上では、前記のような列車風の特殊性からこの傾向はより顕著であり、本件事故はこのような列車風の幼児に対する影響の典型的な例である。

なお、被告は、後記のとおり、本件は列車風による事故ではなく、亡理究が事故電車最前部に頭部を接触させたことによるものであり、それによつて事故電車前部左側の立樋部に陥没を生じたと主張するが、亡理究の受傷の程度(もし、このような接触があつたとすれば、事故電車の速度及び質量から考えて亡理究の頭部は粉砕されたであろうし、また、同人は体ごと跳ね飛ばされて全身骨折等の副損傷を生じた筈であるが、このようなことはなかつた。)や事故電車最前部の硬度(幼児の頭部程度の固さのもので陥没が生じるようなものではない。)、亡理究の転倒地点(時速九五キロメートルで走行する電車に接触したとすれば亡理究は相当遠くに跳ね飛ばされる筈であるが、同人の転倒地点は佇立地点から殆んど動いていない。)等からみても、右被告会社の主張は全く理由がない。

2  被告会社の責任

(一) 旅客運送人の責任(商法五九〇条)

被告会社は、旅客運送を業とする鉄道会社であり、亡理究は、祖父である訴外亡吉本千代治に同伴され、被告会社の普通電車に乗車して青木駅から新開地駅に行くため、被告会社の旅客として本件プラットホーム上で電車を待つていた際に本件事故に遭遇したものである。従つて、被告会社は、亡理究に対し、旅客運送人として商法五九〇条に基づき旅客運送契約上の安全運送義務を負つていたものであるのに、これを怠つたことにより本件事故を惹起したのであるから、亡理究の死亡による損害を賠償する責任がある。すなわち、

(1) 青木駅では、一時間に一〇本の下り特急電車が本件プラットホームを通過しており、その通過速度はいずれも時速一〇〇キロメートル前後であるが、青木駅は下り電車が通過する場合には、駅の手前でカーブして進入する線路状態となつており、かつ進入してくる大阪側に駅舎が建設されているため見通しが悪く、運転手が事故プラットホームを見渡せるのは、青木駅直前になつてからである。従つて、運転手が駅構内における異常を発見して事故を防止すべく措置をとるためには同駅の進入にあたつて相当程度減速する必要があるのに、被告会社においては、下り電車が青木駅に接近するに際して減速すべき旨の指示を与えていなかつたし、現にいずれの電車も減速していなかつた。また、同様に警笛を吹鳴すべき旨の指示もなかつたし、いずれの電車も警笛を吹鳴していなかつた。

(2) 本件プラットホームは特急電車が頻繁に通過するのであるから、被告会社は、同プラットホームに沿つて敷設してある三番線あるいは四番線のいずれか一方の線路を通過電車専用の線路とするとともに、右専用線路に面した本件プラットホーム上に防護柵を設置して右車線側プラットホームを閉鎖するか、少なくとも本件プラットホームの停車電車の乗降口以外には防護柵を設置して通過電車による列車風等により待合客の生命、身体に危害を及ぼすおそれのある区域から待合客を隔離して、その安全を確保すべき安全設備を施すべきであつたのにこれをしていなかつた。

(3) 被告会社は、列車風等による危険が発生する危険区域を本件プラットホーム上に、適切な標識を設置して指示するとともに、通過電車の接近の際には、待合客が右危険区域に立ち入らないための適切な注意標識を設置すべきであるのに、これをしなかつた。

もつとも、本件プラットホームには、三番線線路側端より約五〇センチメートルの地点に白線が設けてあつたが、右白線の位置は、列車風等による危険防止のための合理的、科学的根拠を有するものでもなく、また、待合客に対して白線の外に出てはならない旨の指示もなされていなかつたのであり、右白線は列車風による事故防止のための注意標識としての意義機能を有していなかつた。

(4) 被告会社は、駅員を本件プラットホームに配置して、待合客に通過電車の接近を知らせるとともに、待合客の安全を監督し、よつて、その生命、身体の安全を確保できるように、本件プラットホームを管理すべきであるのに、これをしなかつた。

(5) 被告会社は、本件プラットホーム上にマイク放送設備を設け、マイク放送により待合客に対し通過電車の接近を知らせるとともに、危険区域外に避難するように放送指示し、よつて、待合客の安全を確保できるように本件プラットホームを管理すべきであるのに、これをしなかつた。

(6) 以上のほか、列車風により生じる事故を防止するための十分な安全設備は何ら設置されていなかつた。

(二) 土地の工作物の占有者の責任(民法七一七条)

被告会社は、土地の工作物である本件プラットホームの占有者であるが、本件プラットホームには、通過電車による列車風等による危険から待合客の安全を確保するために必要かつ十分な、安全設備の設置及び管理がなされなければならないところ、前記2(一)の(2)ないし(5)に記載のとおりこれがなされておらず、設置及び保存上の瑕疵があり、これがために本件事故が惹起されたものであるから、被告会社には、民法七一七条に基き、亡理究の死亡による損害を賠償する責任がある。

(三) 不法行為責任(民法七〇九条)

被告会社は、プラットホームの待合客に対し、列車風等により危害を加えることのないよう、本件プラットホームに必要かつ十分な安全設備の設置及び管理をし、かつ通過電車を運行させるについては、安全運行すべき注意義務がありながら、前記2(一)の(1)ないし(5)に記載のとおり、これを怠り本件事故を惹起したものであるから、被告会社には、民法七〇九条に基き、亡理究の死亡による損害を賠償する責任がある。

(四) 原告らは、本件事故態様については前記1に記載のとおり主張するものであるが、仮に、亡理究が本件プラットホーム上の白線の外側におり、そのために事故電車に接触したのであつたとしても、被告会社は、右2の(一)ないし(三)の責任を免れない。すなわち、高速度の列車の通過が極めて危険なものであることは言うまでもなく、プラットホームは旅客が不可避的にこの危険にさらされる場所であり、ことに危険を理解し得ない幼児もこれを利用するのであるから、被告会社としては、幼児をも含むプラットホーム上の旅客を列車の通過という高度な危険から隔離し、もつてその安全を確保すべき義務があり、従つて、プラットホーム上には前記のような安全設備が設けられるべきであるが、少なくとも、個々の列車の接近(すなわち危険の接近)を旅客に知らせ、かつ列車通過時に旅客を的確に危険区域から隔離しうる人的及び物的設備を設けることによつて、応々にして保護者の手を離れることのある幼児についても、保護者に列車の接近を知らせて幼児を危険区域から保護し、通過列車に接触等しないような措置をとることができるようにすべきであるのに、本件プラットホームには右最少限度の設備さえ設けられていなかつたものである。

なお、被告会社は、事故電車は警笛を吹鳴した旨主張するが、仮にそうであつたとしても、列車の接近を知らせるのに警笛の吹鳴だけでは極めて不十分である。

3  損害及びその権利の承継

(一) 逸失利益 金二六七四万円

亡理究は、本件事故当時満三才であつたので、死亡時を基準日として、昭和五〇年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計の男子労働者の収入金額を基礎に、就労可能年令六七才、生活費を満二九才までは五〇パーセント、それ以後は三〇パーセントとして、年令を経るに従い収入が上昇する事は経験則に照らして明らかであるので、右賃金センサスの年令別賃金により、当該年令における亡理究の所得から中間利息を控除して、亡理究の逸失利益の右基準日における現価を算定すると、別表逸失利益計算書のとおり、金二六七四万円となる。

(二) 葬祭費  金三〇万円

墓碑建立費  金五万円

(原告両名は右合計金を半分づつ負担した。)

(三) 慰藉料  金二〇〇〇万円

被告会社は、旅客の大量輸送を業とする屈指の大企業で、旅客の安全策に万全の措置を講ずる責務と能力を有するにかかわらず、経済的合理性のみを追究し、特急電車のスピードアップに目を奪われ、それに伴う安全輸送に対して全く無関心であつた。亡理究はその犠牲になつたものであり、しかも、即死に近い悲惨な死に方で、両親の愛児を失つた事に対する心痛は正に表現のしようもない程大きく、かつ深いものである。右精神的苦痛を慰藉するためには亡理究本人について金一〇〇〇万円、原告ら各自について各金五〇〇万円をもつて相当とする。

(四) 弁護士費用 金七〇六万円

(五) 亡理究の権利の承継

原告らは、亡理究の両親で、同人には他に相続人はいないから、原告らは、亡理究の右損害賠償請求権を各自二分の一宛相続した。

4  よつて、原告らは各自、被告に対し、前記責任原因に基き、それぞれ金二七〇七〇万五〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和四九年七月二六日から右支払ずみに至るまで、商事法定利率である年六分(予備的に民事法定利率である年五分)の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1(一)  請求原因1の(一)に記載の事実のうち、亡理究が原告主張の地点の白線の内側で佇立して普通電車を待つていたとの点及び同人が事故電車の通過したことによつて生じた列車風によつて頭からホームに叩きつけられたとの点は否認し、同人が被つた傷害の部位・程度は知らない、その余の事実は認める。

(二)  同1の(二)に記載の主張は争う。本件事故は、原告らの主張するような列車風によつて生じたものではなく、亡理究が事故電車に接触したことによつて発生したものである。

すなわち、事故電車の運転手大内田常晃は、青木駅東方約一〇〇メートルの地点にある古堂町踏切に差しかかつた時点で、青木駅に対して電車接近を知らせるための警笛(駅通過警笛)を吹鳴しつつ、時速約九五キロメートルの速度で進行し、同駅の東方約八〇メートルの地点まで接近したとき、同駅の本件プラットホーム上の白線の内側に亡理究が蹲つているのを発見した。そこで大内田は、亡理究及びプラットホーム上にいるであろう同人の保護者に電車の接近を知らせるべく警笛を吹鳴したのであるが、亡理究は蹲つたままの姿勢でプラットホーム縁端の方向にいわゆる兎跳びの恰好で跳躍し始めた。大内田は、危険を感じて直ちに非常制動措置をとり、事故電車は約三〇〇メートル惰行して停止したが、その間にプラットホーム縁端付近に跳び出してきていた亡理究と接触した。接触個所は、車輛最前部左角の立樋部分であり、レール踏面から一五〇センチメートル、プラットホーム表面から四〇センチメートルの高さの部分に、直径約五センチメートル、深さ約0.7センチメートルの陥没が発見された。原告らの主張する亡理究の受傷の態様からみると、同人の右前頭部付近が車輛の該部と接触したものと推測される。ちなみに、亡理究の受傷の態様は、原告らの主張によれば、頭蓋骨複雑骨折や頸椎骨折を含むものであるから、相当な外力が受傷部位に加えられたことを推測させるものであり、単にプラットホーム上で転倒した程度ではとうてい生じ得ないものであるし、亡理究は死亡当時満三才の男子であつてこの年令の男子の体重の平均値は約一二ないし一四キログラムであるところ、事故電車の通過の際に本件プラットホーム上に生じる列車風には、佇立している体重約一二キログラムの幼児を半回転させてプラットホームに叩きつけることはもちろん、転倒させるだけの力もない。

2(一)  請求原因2に記載の事実及び主張のうち、被告会社が旅客運送を業とする鉄道会社であること、亡理究が事故当時祖父に同伴されて青木駅プラットホームにいたこと、青木駅では一時間に一〇本の下り特急電車が本件プラットホームを通過しており、その通過速度はいずれも時速一〇〇キロメートル前後であつたこと、青木駅は、下り電車が通過する場合には駅の手前でカーブして進入する線路状態となつていること、同駅下りホームの大阪側には駅舎が建設されていること、被告会社は通常の場合一般的に特急、急行電車には青木駅に接近するにあたつて減速すべき指示は与えていなかつたこと、被告会社が青木駅プラットホームに駅員を配置していなかつたこと、及び同駅にはマイク放送設備がなかつたことはいずれも認めるが、亡理究が青木駅から何処に行くために本件プラットホームにいたかは知らない、青木駅に接近する特急、急行電車に警笛吹鳴の指示を与えていなかつたとの点及び現に通過電車が警笛を吹鳴していなかつたとの点は否認し、その余の事実及び主張はいずれも争う。

(二)  被告の責任について述べると、まず、本件事故が亡理究と事故電車との接触によつて生じたものであることは前記のとおりであるから、本件事故に対する被告の損害賠償責任の有無は、プラットホーム上において保護者の手を離れた幼児の危険な行動から発生した結果について、被告にいかなる法的責任があるかという観点から判断されなければならないものであるが、右観点からすると本件事故が発生した青木駅のプラットホームには構造上の欠陥その他の本件事故の原因となるような瑕疵はなかつたし、事故電車の運行についての過失もなかつたから、被告は、亡理究に対する安全運送義務を尽していたものである。

まず、元来、プラットホームは旅客が電車の乗降に利用する施設として設けられており、乗降客の通常の行動によつては危険が生ずることのないようなものとして機能することが要求されているところ、この意味における、たとえば、ホームの表面に欠損部分や思わぬ障害物があるとか、停車した車輛とホームの間が大きく離れているとかの構造上の欠陥が本件プラットホームになかつたことは明らかである。もつとも、その場合でも乗降客に通常の行動を期待することが困難な場合にはこれに基く不測の事態に対処しうるだけの配慮は必要であるが、被告としては、ラッシュ時の駅員配置や保護者の付添いのない幼児の保護取扱い等の実施によつてその点にも十分の配慮をして来ているし、そもそも本件は、旅客の安全について特別の配慮が必要とされた場合ではなく、亡理究は保護者たる亡吉本千代治に同伴されていたものであり、同人は高令とは言え健康な成人であつたのであるから、幼児を同伴した他の多くの乗客と同様に、亡理究が幼児であるがゆえのプラットホーム上での危険を特段に配慮する必要は全くなかつたのである。

次に、原告らは、旅客の安全を確保するため、本件プラットホームに防護柵を設置すべきであると主張し、確かに国鉄の場合など稀な例として防護柵の設けられているプラットホームの例がある。しかしこれらの駅はいずれもいわゆる複々線の区間にあるものであつて、複々線の区間においては通過列車専用線路を設けることが可能であり、この線路に面するプラットホームは旅客の乗降等に使用することが全くないため防護柵を設置することも可能であるが、本件青木駅を含む区間のように複線の場合にはダイヤ編成上からも通過列車専用の線路を設けることは不可能であり、通過列車のあるホームでも旅客の乗降取扱いをおこなうことが必要であるため、ホームには防護柵を設けないのが通常であるし、また、青木駅にみられるような側線は、たとえば、特急、急行等の優等列車と普通列車の乗換え、貸切列車、回送列車の待避等に使用する目的をもつて設けられているものであるから、本線を通過列車専用線路にしてしまうことは側線を設けた本来の目的を阻害することとなり、列車ダイヤの円滑な実施という高速度交通機関の至上命令からしてもとうてい不可能である。

次に原告らは、本件プラットホーム上の危険区域の標示が必要であつたと主張するところ、元来プラットホームは軌道敷内における安全地帯として設けられているものではあるが、旅客がホームの縁端に近い部分を通行し、あるいは、その付近に佇立していた場合に、その者の動作や携帯している荷物の形状、大きさ等によつては電車と接触する危険があることは事実であり、ホーム上に右危険が生じ得る範囲を示す必要があることは被告としても否定するものではないが、プラットホーム上の白線がまさにその役割を果たしているものであり、その位置は、沿革的には地方鉄道建設規程に定められた建築限界を示すものであること、また、今日においては、あらゆる交通機関において白線が旅客にとつて危険区域表示の役割を果たすものであることは、ほとんど常識的なこととして旅客の意識に定着していること、今日まで車輛との接触の危険防止上白線が現実に機能して来ていることに鑑みても、白線が前記危険区域の標示の役割を十分に果していることは明らかである。

次に、通過列車の接近をホーム上の旅客に知らせることは、それが旅客の安全を確保するという観点からより有意義なものであることは被告も否定しないところであり、本件事故当時、青木駅に自動列車接近予告放送装置が設置されていなかつたことはそのとおりであるが、そのことから直ちに、青木駅の旅客の安全確保体制に欠けるところがあつたと考えるのは失当である。元来、列車の接近を知らせる手段は沿革的には、列車の警笛であつた。地方鉄道運転規則第二一五条にも「列車の接近を知らせるとき。長緩気笛一声、」と定められているが、実際の鉄道その他高速度交通機関の列車運行に際して、警笛の吹鳴が列車の接近を通過駅の旅客に知らせる手段として利用されたことは、鉄道の歴史とともに古くかつ長い。そして警笛の吹鳴は、列車の接近を知らせる手段としては、もつとも的確かつ効果的なものであつたのである。被告においては、地方鉄道運転規則の定めるところに基き、被告独自の運転取扱心得を制定し、これに準拠して日常の列車運転を実施しているのであるが、気笛の合図に関しても詳細な規定を設けており、駅を通過する場合には短長気笛二声を吹鳴するものと定め、これを遵守してきた。本件事故の場合にも、青木駅東約一八〇メートルの古堂町踏切の手前(本件事故発生地点から約二三〇メートルの地点)で、通過合図の気笛が吹鳴されている。この警笛の音量は、本件プラットホーム上において七〇ないし七五ホーンであるから、列車接近の警笛としては十分な音量としてホーム上の旅客の耳に達しているのであり、亡吉本千代治が正常な聴力の持主であつたことは明らかであるから、当然同人の耳にも右警笛は達していたものである。従つて、本件の場合、古堂町踏切の手前で警笛が吹鳴されてから事故電車が本件事故発生地点にさしかかるまでには、約八秒の時間的余裕があつたのであるから、亡千代治が警笛を聞いてから亡理究を白線内の安全な場所に退避させることは時間的に十分可能であつたのにもかかわらず、亡千代治は、亡理究から目を離してしまつていたため、本件事故が発生した時においても、亡理究がどこで何をしていたか全く知らなかつたのである。これでは警笛であつても接近予告放送であつても同様に無意味である。そして、警笛の吹鳴は、列車接近を知らせる手段として長年に亘つておこなわれてきていたところが、近時いわゆる騒音公害が社会問題となるに従つて、電車の警笛や踏切の警報さえも自粛を要請される気運となつてきたため従来の警笛吹鳴に代わる手段として、列車接近予告放送装置を設置するようになつたのであるが、列車接近予告の手段として、警笛吹鳴と放送とでは、いずれがより的確かつ効果的なものであるかは、にわかに甲乙をつけ難いところであつて、少なくとも警笛吹鳴による予告が放送よりも劣るとしなければならない根拠は全くないのであるから、警笛吹鳴によつて列車の接近を知らせていた本件の場合に、青木駅に列車接近予告の放送装置が設置されていなかつたことをもつて、直ちに旅客の安全確保に対する被告の配慮に欠けるところがあつたということはできないのである。

次に、駅員の配置の点についても、高速度交通機関の発達した今日においては、その社会的効用と危険性とに鑑みるとき、旅客の側においても自ら危険を避けるよう注意すべきは当然であるから、列車接近の警告が警笛の吹鳴や放送その他の方法で的確になされている限り、旅客に応じて白線の内側に待避するものと信頼することが許されるものというべきであつて、それ以上に旅客の安全確保をはかるため、プラットホームに駅員を配置することが必要であるか否かは、ホームの構造や旅客の混雑の程度等、その時の具体的状況を勘案して判断すべきこととなるのであるが、本件の場合には、ホーム上で通常予想される危険をこえて、なんらかの特別な危険が発生するおそれのある状況は全くなかつたのであるから、駅員の配置が必要であつたとする根拠は全くない。

さらに、原告らは、運転手が駅構内における異常を発見して事故を防止すべく措置をとるためには青木駅への進入にあたつて相当程度減速する心要があつたと主張するが、現代の都市生活に高速度交通機関の利用は不可欠であり、それはすぐれた社会的効用を有しているから、列車の高速運行自体に何らかの危険を伴うものの、これはいわゆる「許された危険」として社会的に容認されているものであり、右危険に対する安全維持のための措置、行動は、運送人と旅客の双方に要請されるものであつて、運送人としては、旅客が鉄道交通の危険性にかんがみ、自らその危険を防止する行動に出ることを信頼して運行計画をたて、人的、物的設備を保持して運送に当ることが許されるのであり、プラットホームでの如何なる乗客の行動にも対処しうる速度ということになると極めて低速でしか対応し切れないのは明らかであるから、結局、高速度運行を始めから容認しないという議論に等しく、妥当でない。また、本件事故電車は、西大阪特急と称せられ、西九条、三宮間を二輛連絡で運行していたものであるが、同電車は、青木駅に至るまで予め定められた標準どおりに運行しており、異常は全くなかつたところ、青木駅において前記二の(1)の(二)記載のとおりの態様で本件事故が発生したのであり、白線の内側に蹲つていた亡理究が線路に向けて兎飛びのような動作を開始したのは、接近地点より約八六メートル手前まで事故電車が接近していた時であつたから、大内田運転手が事故電車を如何に運転操作しようと本件事故を回避することはできなかつたものであつて、運転手が運転上または安全上通常なすべき操作を怠つたものでもないことは明らかである。

以上のとおり、原告らが被告の責任として主張するところは全く根拠がなく、他に被告が亡理究に対する安全運送義務を怠つたと言うべき事由もない。被告としては、成程、高速度交通機関の運行によつて生ずる危険を防止するために、高度の注意義務を負うべきものではあるが、その注意義務の内容は、旅客が高速度交通機関という危険な要素をはらむ文明の利器を利用するにあたつて当然に心得ておくべき事項を前提として定められなければならないのであり、本件の場合のごとく、成人が幼児を同伴して高速度交通機関を利用する場合においては、保護者たる者は、プラットホームには種々の危険が潜在しており、通常の行動をとる限りにおいては危険が顕在化することはないが、そうでない場合には、それが顕在化するという認識の下に、幼児が自己の監視を逸脱して危険に接近する行動に出ないよう十分に監督しなければならないのであつて、このときもまた旅客に要求されているところといわねばならない。結局のところ、本件事故は、亡吉本千代治が右保護者として遵守すべき義務を怠つたために生じたものというべきであつて、被告としては本件事故について法的責任を問われるべき謂れは全くない。

3  請求原因3に記載の事実は全て争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一事故の発生

1  請求原因1の(一)記載の事実は、亡理究が原告ら主張の地点の白線の内側で佇立して普通電車を待つていたこと、同人が事故電車の通過によつて生じた列車風によつて頭から本件プラットホームに叩きつけられたこと、及び同人が被つた傷害の部位、程度の各点を除いて、当事者間に争いがない。

2  そこで、本件事故の態様について検討するに、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被告会社の青木駅は、大阪と神戸を結ぶ阪神電気鉄道本線の電車停車場で、南北を市街地にはさまれており、本件事故当時の同駅の乗降人員は、一日に約一万六〇〇〇人であつたこと、同駅には、特急及び急行電車は停車せず通過することとなつており(特急電車の通過速度は時速約九五キロメートルであつた。)、事故当時の同駅下り線においては、特急の通過電車は一日に一一三本、急行のそれは一日に一二本、回送電車が一日に一本であり、本件事故の時間帯である午後四時から五時までの一時間の間には特急電車が七本通過していたこと、なお、同駅下り線に停車する普通電車は一日に九六本であり、特急、急行、普通電車ともに神戸方面下り線は青木駅では後記の三番線を使用し、四番線は、特急、急行等の優等列車と普通列車との乗り換えや、貸切列車や回送列車等の待避あるいは事故を起こした列車の待避等のためにのみ使用されていたこと、青木駅はほぼ東西に伸びる二つのプラットホームと駅舎よりなり、プラットホームの両側端に、北側から上り大阪方面行の一、二番線及び下り神戸方面行の三、四番線の線路が敷かれており(なお、阪神電車本線は全線いわゆる複線であるが、同駅の東西直近で一番線と四番線がそれぞれ本線から分岐している。)、本件プラットホームは、南側に位置する、東西の長さ約84.9メートルの細長いいわゆる島式プラットホームで、その北側が三番線、南側が四番線となつていること、本件プラットホーム上には、上屋を支える支柱と、南北双方に向けてベンチが数対あり、ホーム縁端から約五〇センチメートルの地点にホームに平行に幅約五センチメートルの白線が引かれていた(なお右白線は、昭和五一年六月頃ホーム縁端から約七〇センチメートルの位置に移された。)こと、また、本件プラットホーム東端から二番目の上屋支柱には、三番線側に、縦33.7センチメートル、横一〇一センチメートルの注意書板が張り出して設置され(高さは注意書板下部がホーム上2.12メートルである。)、右注意板には、「プラットホームでは白線内へさがつてお待ち下さい、小さいお子さまには手をつないであげましよう。」と記載されていたこと、本件プラットホーム東端には、地下道に続く階段を覆う駅舎があり、右駅舎があるため、また、青木駅東方約四〇〇メートルのあたりから大阪方面に向けて線路がわずかに右方に曲がつているため、同駅東方の下り線々路上からは本件プラットホーム全域を見通すことができず、同駅の東方約一九〇メートルの古堂町踏切あたりからは右駅舎と本件プラットホームの端がわずかに視界に入るにすぎないし、同約七〇メートルの青木駅東踏切上からも、本件プラットホーム上の後記本件事故地点付近はホーム端から約一メートルの範囲が見通せるだけであること。

(二)  事故電車(西九条発三宮行の二輛連結の特急電車、車輛番号は、前車が三五六八番、後車が三五六七番)は、昭和四九年七月二六日午後三時四七分に、訴外大内田常晃の運転により、西九条駅を出発し、青木駅の手前の深江駅を時速約一〇〇キロメートルで通過して、そのまま青木駅に接近し、同駅東方約五〇〇メートルの大茶園踏切で標識に従つてノツチオフ(動力行回路を切つて惰性走行にすること)をして、青木駅は、時速約九五キロメートルで通過する予定で進行し、同駅東方約一九〇メートルの地点にある青木古堂町踏切の手前で駅通過を知らせる短長二声の警笛を吹鳴し、さらに進行したところ、本件プラットホームの東端から約七二メートル手前にある青木駅東踏切の前後にさしかかつたとき、大内田運転士は、前方約八〇数メートルの本件プラットホーム上の白線のやや内側(ホーム中央側)に頭をさげ三番線の線路の方に向かつて蹲つている亡理究(昭和四六年六月三日生)を発見したこと、ところが、その直後、亡理究はそのままの姿勢で、線路の方に向かつて兎跳びのような恰好で飛び出してきたため、大内田運転士は、直ちに警笛を乱鳴すると共に、非常制動の措置をとつた(この時、事故電車は後記本件事故地点の手前約五〇メートルまで進行していた。)が、亡理究は、さらに兎跳びを続けて事故電車に接近してきたこと、しかし、事故電車と亡理究が接近した時には、亡理究は運転席からは窓枠の死角に入つたため、大内田運転士は亡理究と事故電車が接触したか否かについては確認できず、また、接触した衝撃もなかつた(なお、同人は、以前成人に対する接触事故の経験があり、その時は「ドン」という衝撃を感じたと証言している。)が、そのまま非常制動を続け、事故電車はさらに約二五〇メートル進行して青木駅西方の天上川鉄橋をまたいで停止したこと(従つて、事故電車の初速を時速九五キロメートルとすると、後記本件事故地点での時速は約八〇キロメートルと計算される。)、なお、この時、時刻が同日午後四時五分ころであつたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

(三)  事故電車の佐野秀昭車掌は、事故電車が大茶園踏切を通過した頃、車内巡視の報告のため運転席に赴き、ひき続き同室の大内田運転士の右後方で古新聞の整理をしていたところ、突然急制動がかけられたので驚いて前方を見ると、本件プラットホーム上の白線より線路側に亡理究が蹲つている姿が見えたが、一秒間位でそれは直ちに事故電車の死角にはいつたため、同車掌も亡理究が事故電車に接触したか否かは確認していないこと、

(四)  亡理究は、本件事故当日、姉の恵満(当時満四歳)と共に、祖父である亡吉本千代治(当時満七六歳、以下「亡千代治」という。)に同伴されて青木にある親戚の家に遊びに行き、帰途、石屋川の親戚の家に寄るため青木駅から石屋川駅まで阪神電鉄の普通電車に乗車するために本件プラットホーム上でこれを待つていたこと、ところが、亡千代治は、本件プラットホーム上の東端から二つめの南向きベンチに南に向いて座り、恵満を自分の右隣りに亡理究を左隣りに座らせていたが、そのうち亡理究は、亡千代治の傍を離れておもちやのピストルを取り出して遊び始め、亡千代治がこれから目を離したすきに本件プラットホームの北側(三番線側)に行き、前記の通りの兎跳びのような行動をとつたこと、そして、亡理究は、事故電車の通過の際、兎跳びをして跳び上つて通過電車に極めて接近したところへ事故電車がきたため、風圧によつて足をとられ、数十センチメートルの高さから、右前頭部からプラットホームに落下したものと推認されること、そして、亡理究は、本件プラットホームの白線の直近内側で、右亡千代治の座つていたベンチの直近東側(本件プラットホームの東端から約一五メートルの地点、以下これを「本件事故地点」という。)に倒れたこと、しかし、亡千代治は、この間の亡理究の行動を監視しておらず、他の乗客の「誰の子や。」という声で、亡理究が倒れているのに気付いたこと、なお、本件事故については、目撃者の言として、「風圧により転倒した」旨の新聞記事が出ていること。

(五)  亡理究は、本件事故後、直ちに、吉田病院に運ばれたが、同日午後四時四〇分頃死亡したこと、同人の死因は、頭蓋骨複雑骨折に基く脳挫傷であり、同人の頭蓋骨は、前頭部右側を中心に右側頭部の頭頂部付近から左側の頭蓋底に至る長さ約一五センチメートル幅約七ミリメートル、及び、前頭部から頭蓋底にかけて長さ約五センチメートル幅約三ミリメートルの離開骨折が生じており、その他、前側頭部に数条の線条骨折があり、右離開骨折の中心付近の頭部表面に約二センチメートルの切創があつたこと、また、同人には、このほか第二、第三頸推に棘突起骨折及び右側頭部から右眼窩にかけて内出血腫脹が認められたが、他には損傷はなかつたこと、なお、本件事故地点付近の線路上に亡理究が持つて遊んでいたおもちやのピストルが発見されたこと。

以上の各事実が認められ〈る。〉

即ち、(1)、被告は、本件事故は、亡理究が右前頭部を事故電車の前部左角にぶつけて生じたもので、事故電車の同部分に凹損が生じている旨反論し、〈証拠〉を総合すると、本件事故後、事故電車である三五六八号列車の前部左角の立樋部分(厚さ約1.6ミリメートルの鋼板を丸めたもの)のレール踏面から1.5メートル、プラットホーム面から四〇センチメートルの位置に直径約五〇ミリメートル、深さ約五ミリメートルの凹損(以下「本件凹損」という。)が発見されたこと、なお、被告会社では全列車とも少なくとも二日に一回は車輛の外観検査をしているが、本件事故前には、立樋部分に異常は発見されていないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

しかしながら、前記認定のとおり、亡理究の位置は、事故後も殆んど事故直前の位置と変りがないところ、事故電車は事故時点において時速約八〇キロメートルの速度であつたのであるから、若し、亡理究の前頭部が事故電車にぶつかつていたとしたら相当の距離を飛ばされていた筈であるし、また、亡理究は前記認定のとおりの傷害をうけたところ、証人林勝彦の供述のとおり、亡理究の傷は平面にぶつけてできたもので、事故電車の前部左角のような丸みを帯びたものにぶつけたのでは生じない傷であるし、また、仮に、亡理究の前部を事故電車にぶつけたとすれば、前記認定程度の傷ではすまず、他の部位に傷害が生ぜざるを得ない筋合のものであるといわねばならないから、前記事故電車の本件凹損は他の事情即ち、石が当る等何らかの事情によつて前回の検査から事故当日の検査までの間に生じたものと推認せざるをえないから、右被告の主張の認定に供した各証拠も前記認定のさまたげとなるものではない。

(2) ところで、証人佐野秀昭は、「一秒そこそこのわずかな時間、青木駅の下りホームの白線よりも軌道寄りに子供が鱒つて下を向いて、頭を線路寄りの方へ突き出しているような状態を見た、当ると思い、思わず「やつた」と声を出した、そして、「ぼこん」という音がして当つた」旨供述しているが、証人大内田は、「非常制動の処置を取つたが、三、四歩線路の方へ飛び出した時点で、証人の運転台からは死角にはいつた。しかし、今迄に人身事故を起こしたような何らの衝撃もなかつた。」旨供述しており、前記認定のとおり、両名とも亡理究の事故は見ていないのであるし、亡理究がぶつかつたと称する左前角の部分は右両名の供述によると、大内田の方が近く、かつ大内田は運転していて何らのショックを感じなかつた点から考えると、前記証人佐野の「ボコン」という音がして当つた旨の供述はにわかに信用できないものといわねばならない。そして、右佐野が見たのはほんの一瞬の間というのであるから、亡理究の頭部が線路上に突きでていたかどうかは、子供を見る角度により異るのであるから、にわかに正確な発言ということはできず、この点に関する同証人の証言部分もにわかに信用できない。

(3) 次に、被告主張の列車風について判断するに、〈証拠〉を併せ考えると、(前記認定のとおり、事故電車は、本件事故地点を時速約八〇キロメートルで通過しており、そのため、)本件プラットホーム北端付近にはいわゆる列車風が発生したこと、列車風については、その性質は一般的には原告らが請求原因1の(二)において主張するとおりであること、本件プラットホーム上において、子供のマネキン人形(高さ1.0メートル、受風面積0.19平万メートルでほぼ三歳児に似せたもの)を使用し、二輛編成の列車を時速約九二ないし九四キロメートルの速度で通過させて列車風の風圧を測定したところ、ホーム北端から三〇センチメートルの地点に人形を直立させたときの人形が受ける最大風圧は、列車側方に向けて約2.9キログラム、最大揚力は1.0キログラムであり、同様に約五〇センチメートルの位置に約四五度の前傾姿勢で人形を置いたときの同様最大風圧は、列車側方に向けて約2.2キログラム、最大揚力は約2.6キログラムであつて、その合力としての列車側上方へ向けて人形が受ける揚力は約3.4キログラムであつたこと、(なお、右測定結果に三〇パーセントの誤差を見込んでも右揚力は最大限約4.4キログラムであつたこと、)また、前記甲第二一号証によると、一般に列車風の最大風速は列車直近でその速度の約五〇パーセントであるから、前記のとおり事故電車の本件事故地点における速度を時速八〇キロメートル(秒速約22.2メートル)とするとこれによる最大列車風速は約11.1メートルであつて、同号証記載のシュミットの人体風洞実験によるとこれによつて蹲居姿勢の成人が受ける風圧は最大限約2.8キログラム程度であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、右程度の風圧では静止している三才児を持ち上げることは困難であると一応推認されるけれども、右はいずれも静止中の人体模型による実験結果であつて、前記認定のとおり、事故電車の通過の際、亡理究は兎跳びをして飛び上つて通過電車(事故電車)に極めて接近したところへ、事故電車が来たため、風圧によつて(風は最初側面に向けて吹くことすでに認定したとおりであつて、)足をとられ、数十センチメートルの高さから、右前頭部からプラットホームに落下したものと推認される本件にあつては右被告の各実験は本件に適切なものとは言えないし、かつ、前記(1)で判示したとおりの事情にある本件にあつては、右被告の主張の認定に供した各証拠も前記認定のさまたげとはならない。

(4) 以上のとおりであるから、以上認定の事実によると、亡理究は本件事故電車の風圧によりプラットホームに転落下して、本件傷害を受け、死亡するに至つたものといわねばならない。

二被告の責任

1  そこで、以上の事実を前提に、本件事故についての被告の責任について判断するに、請求原因2の(一)に記載の事実のうち、被告が旅客運送を業とする鉄道会社であること、及び亡理究が本件事故当時祖父である亡千代治に同伴されて本件プラットホーム上にいたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に前記一に認定の事実及び弁論の全趣旨を総合すると、亡理究は本件事故当時、被告会社の旅客として本件プラットホーム上で普通電車を待つていたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はないから、被告には、商法上の旅客運送人として、同法五九条に基き、旅客である亡理究を安全にその目的地まで運送すべき義務があつたものというべく、本件事故によつて死亡した亡理究は、被告の運送によつて損害を被つたものというべきところ、被告は、本件事故につき、右安全運送義務を怠らなかつたから損害賠償責任はない旨主張するので、以下検討する。

2  請求原因2の(一)に記載の事実のうち、青木駅では、一時間に一〇本の下り特急電車が本件プラットホームを通過しており、その最高速度はいずれも時速一〇〇キロメートル前後であること、同駅は下り電車が通過する場合には、駅の手前でカーブして進入する線路状態となつていること、被告会社は、通常の場合、一般的に特急、急行電車には、青木駅に接近するにあたつて減速すべき指示は与えていなかつたこと、被告会社は青木駅プラットホームには駅員を配置していなかつたこと、同駅にマイク放送設備はなかつたこと、青木駅三番線もしくは四番線のいずれかを通過専用線路にしたり、原告ら主張のような防護柵を設置する措置はとられていなかつたこと、本件事故当時、本件プラットホーム上の白線は、ホーム縁端から約五〇センチメートルの位置に引かれていたこと、の各事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に〈証拠〉を総合すると、本件プラットホームには、乗客を列車と接触する危険のあるホーム縁端から隔離するための防護柵は設置されていないが、これを設置するためには、三番線あるいは四番線のいずれかを通過列車専用線路とすることが不可欠であるところ、物理的、技術的にはそのようなことも不可能ではないにしても、その場合には、ポイントの切り換え等のため列車の平均進行速度が大幅に小さくなり、また現在側線(青木駅下り線では四番線)の用途とされている故障車や回送車の待避等の役割が果たせなくなるため、被告会社としては右のような施策を講じていないこと、また、国鉄新幹線や東海道線にはプラットホームに防護柵を施設している駅も存在するが、右はいずれもいわゆる複々線区間であつて複線区間にすぎない青木駅とは事情を異にし、他の在阪私鉄でも防護柵を設置している駅は、二ないし三駅にすぎず、かつ右はいずれも当該駅の特別な事情によつていること、しかしながら、自動列車接近予告放送設備については、当時すでに在阪各私鉄ともこれの設置にとりかかつており、被告神戸本線においても主要九駅以外の各駅にも昭和四六年頃から順次これを設置していたが、本件事故当時、青木駅にはいまだ右設備はなく(同駅に設置されたのは昭和五一年三月二日である。)、また、同駅には、他にマイク放送設備もなく、ラッシュ時を除いてはプラットホーム上には駅員も配置されていなかつたため、列車接近をプラットホーム上の旅客に予報する手段としては、もつぱら当該列車の吹鳴する警笛にのみ頼つていたこと、警笛については、被告は、社内規程である運転取扱心得において、運転開始時、駅通過時列車接近時、危険警告、出入庫時、係員招集合図等の場合に分けて長短の吹鳴の組合わせによる合図を定めていたこと、なお、青木駅の白線の位置については、一応建築限界を基準に定められたものと推測されるが、必ずしもその合理性について実験等によつて検証されたものではなく、本件プラットホーム上の白線も、本件事故後、縁端から約七〇センチメートルの位置に引き直されていることの各事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。また青木駅本件プラットホームの状況や、同駅東方からの本件プラットホームの見通し、通過電車及び乗降人員数等については前記一の2(一)において認定したとおりである。

3  ところで、被告は電車によつて大量の乗客を安全に輸送するという重要な社会的使命を有しており、その業務の遂行は公共的性格をも有するものであるところ、一方、右業務は高速度で電車を運行するという本来常に身体との接触等によつては人間の生命をも奪いかねない危険性を帯びておりながら、他方、現代の社会においては何人もこれを利用することが社会生活上不可欠なものとして余儀なくされており、かつ、被告は、右業務の遂行によつて利潤を得ているものであるから、このような点にかんがみれば、被告の右業務の遂行にあたつては人命の安全確保については常に最大限の努力を払うべきである。従つて、被告としては、プラットホーム上の乗降客の安全確保についても、プラットホームの構造、形状、乗降客の種類、その数、電車の運行態様等の具体的諸事情に対処して、他の業務目的に優先して可能な限り事故の発生を未然に防止できるよう万全の措置を講ずべき義務があると言わねばならない。

そこで、右の見地に立つて本件を検討するに、前記認定事実によると、青木駅下り三番線は、一日に一二五本の特急、急行電車が、また、本件事故当時の時間帯でも一時間に七本の特急電車が、いずれも時速約一〇〇キロメートルに近い速度で通過しており、右事態は、旅客を短時間で目的地に運送するという高速度交通機関としての被告の使命に照らしてやむを得ないこととは言え、それ自体高度の危険性を有するものであり、とりわけ、前記のとおり青木駅東方からの本件プラットホームの見通しは良好とは言えず、本件でもそうであるように、列車運転士がホーム上の異常を発見してからではもはや駅構内で列車を停止させることが不可能であるという状況の下では、本件プラットホーム縁端付近は、常時通過列車との接触や本件のような列車風の危険にさらされているといつても過言ではない。一方、本件プラットホームは、両側に線路が走る島式プラットホームであり、乗降客は通常の相対式ホームに比して線路と接するホーム縁端付近に近寄る可能性が高く、ことに青木駅は市街地にあつて乗降客も一日に約一万六〇〇〇人と相当数にのぼるのであるから、中には本件の如く幼児が同伴者を伴い、あるいは単独でこれを利用することも多いと考えられるところ、同伴者がいる場合にも、幼児は応々にして一時その手を離れて本件の如き危険な行動に出ることは通常予測されるところである。そうしてみると、被告としては、本件のように、一時同伴者の目を離れた幼児が高速度で進行する通過列車に接近し、風圧によつて転倒、死に至るという事態も当然これを予想して、これを防ぐための安全措置を講ずべき義務があると言わねばならない。そして、その方途としては、原告ら主張のようなプラットホーム上の防護柵や、あるいは列車通過時の安全監視のための駅員の配置等の措置が最も望ましいことは言うまでもないが、一方、防護柵等の設置は、前記のとおり青木駅の機能上実施が困難であり、駅員のプラットホーム上への配置も、廉価で大量の人員を運送するという被告の業務目的に照らすと、常時、すべての駅についてこれを要求することはやや酷であるとも言え、他方、現代の高速度交通機関が有する前記のような危険性は一般に周知のものであり、これを利用する旅客においても、右危険から身を守るべく注意することも要求されているものと言わねばならないし、本件プラットホームにおいても、ホーム上の白線内は一応安全地帯とされている(右白線の安全性について必ずしも合理性のあるものと認められないことは前記のとおりであるが、前記乙第一二号証記載の列車風の実験によれば、ホーム縁端から約五〇センチメートル離れて佇立している限り、幼児であつてもこれを転倒させるだけの列車風による風圧の力はないものと考えられるから、少なくとも本件のような事故は避けられたものと推測される。)のであるから、被告においては、ホーム上の乗降客に対し、確実に列車の接近や通過を予告する措置をとり、乗降客がこれを知る限りは、乗降客において自らの身を守るべく右安全地帯に避難し、前記危険を弁護する能力のない幼児については同伴者がこれを避難させるものと信頼することが許されるものと言うべきであるから、被告において乗降客に通過列車の接近を確実に予告する手段をとる限りにおいては、さらに前記防護柵の設置や駅員の配備の措置をとることまで、これを法的義務として被告に要求することはできないと言うべきである。しかしながら、右のように言うためには、本件プラットホームの通過電車の前記状況に照らしても、少なくとも、個々の通過電車の接近について、ある程度の時間的余裕をもつて事前に、その具体的かつ確実な接近予告並びに避難喚起の予報措置をとり、もつて、幼児の保護者等にも注意を促すことが不可欠であると言うべきところ、青木駅本件プラットホームにおいてマイク放送もしくは自動放送あるいは肉声による右のような措置がとられていなかつたことは前記のとおりである。もつとも、被告は、右予報の方法としては警笛吹鳴でこと足りると主張し、本件事故時に所定の警笛が吹鳴されたことは前記認定のとおりであるが、単なる警笛と具体的な列車接近予告及び注意喚起の呼びかけとでは、乗降客の注意喚起の効果に明らかに差があるし、そもそも一般の乗客は被告が前記安全運転心得に定めるような警笛の長短、回数等による信号内容までは理解できないのが通常であるから、警笛のみではそれを列車接近の合図と直ちに判断できるとは限らず、また、それによつては当該進入列車が通過電車であるのかあるいは駅に停車するものであるかの判断もつかない等、それは乗降客への危険予告の方法としては極めて不十分なものというほかなく、右警笛吹鳴によつては、いまだ被告において本件プラットホーム上の亡理究や亡千代治を含む乗客に対し、自ら事故電車の接近による危険から身を守るべく注意するよう信頼することが許されるだけの措置をとつたものと言うことはできない。そうしてみると、被告は、右のようなマイク放送等による具体的な事故電車の接近予報をしなかつた限りにおいて、また右措置がとれなかつたとすれば、代替措置として乗降客の安全監視のための駅員の配備等をしなかつた限りにおいて、いまだ亡理究に対する安全運送義務を尽したと言うことはできず、もし右措置をとつていれば少なくとも亡千代治が事故電車の接近に気づき、亡理究を保護することによつて本件事故が防止されたことも十分に推認できるところである。そうしてみると、被告は、商法上の旅客運送人として、同法五九〇条によつて、亡理究に対し、本件事故によつて同人に生じた損害を賠償する責任がある。

4  なお、原告らは、本件事故につき、被告の不法行為責任をも主張する(請求原因2の(二)、(三))ところ、前記認定事実によると、被告にはマイク放送等によつて亡理究及び亡千代治に対し具体的かつ確実に事故電車の接近予報をしなかつた過失があり、これが本件事故発生の一因となつたことは明らかと言うべきであるから、工作物の設置、保存の瑕疵の点については判断するまでもなく、被告は、本件事故につき民法七〇九条に定める不法行為責任をも負うものと言わねばならない。従つて、被告は、本件事故によつて亡理究に生じた損害については、商法五九〇条並びに民法七〇九条に基づきまた、原告らに生じた損害については、民法七〇九条に基き、それぞれ本件事故と相当因果関係のある範囲においてその賠償義務を負うものと言うべきである。

三損害及び亡理究の権利の承継

1  亡理究に生じた損害

(一)  逸失利益

金一二三五万一三八七円

前記認定の事実及び弁論の全趣旨によれば、亡理究は、本件事故当時満三才の健康な男子であつたことが認められるから、同人は、本件事故に遭遇しなければ、満一八才から同六七才に至るまで稼働し、その間、少なくとも当裁判所に顕著な昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表の、産業計、企業規模計の一八才ないし一九才の男子労働者の平均賃金を下回らない収入を得ることができたものと認められ、またこの間、同人はその収入の五〇パーセントを生活費に要したものと推認するのが相当であるから、右期間中の同人の逸失利益の死亡当時の現価を年別のホフマン方式によつて算定すると、金一二三五万一三八七円となる。

(計算式)(10万9900円×12+10万5500円)×0.5×(28.3246−10.9808)=1235万1387円

(二)  慰藉料  金三五〇万円

本件事故の態様、亡理究の年令、家族構成その他諸般の事情にかんがみると、本件事故による精神的苦痛に対する亡理究の慰藉料としては、金三五〇万円が相当である。

(三)  権利の承継

原告らが、亡理究の父母であることは前記認定のとおりであり、弁論の全趣旨によると、亡理究には他に相続人はないことが認められるから、原告らは、亡理究の死亡により、同人の被告に対する損害賠償請求権を各二分一宛相続したものと認められる。

2  原告らに生じた損害

(一)  葬祭費、墓碑建立費

金三五万円

原告らは、亡理究の死亡により、葬祭費及び墓碑建立費を要したとして、被告に対し、内金としてそれぞれ金三〇万円及び金五万の合計金三五万円を請求するところ、弁論の全趣旨によると、亡理究の葬祭及び墓碑建立には少なくとも金三五万円(原告ら各自金一七万五〇〇〇円宛)を要したものと認められ、かつ右は本件事故と相当因果関係があるものと認めるのが相当である。

(二)  慰藉料  金三五〇万円

原告らが亡理究の両親であることは前記のとおりであり、本件事案の内容、家族構成その他諸般の事情に照らすと、本件事故による原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては金三五〇万円(原告ら各自金一七五万円)が相当である。

四過失相殺

ところで、本件においては、亡理究自身は、その年令からみて事理弁識能力を欠き、いわゆる過失相殺能力はなかつたものと認められるが、前記認定の本件事故態様に照らすと、亡理究を同伴していた祖父である亡千代治の監護義務違背の過失は明らかであつて、同人と亡理究との身分関係からするとこれは、いわゆる被害者側の過失として本件損害額の認定にあたつて斟酌することができると解されるところ、被告は、過失相殺の主張をしないが、当裁判所は、公平の見地からなおこの点について判断すべきであると考える(過失相殺について当事者の主張を待たないで判断することが許されることについては、最判昭和四三年一二月二四日、民集二二巻一三号三四五四頁参照。)ので、進んで検討するに、本件事故態様、ことに、亡千代治は、三才の男子という行動力に富みながらいまだ事理弁別能力には事欠けている、いわば放置すれば当然に本件の如き危険な行動に出ることが予測される幼児を伴つて、本件事故時間帯でも一時間に七本の通過列車があり、その間随時普通電車も発着しており、常時電車との接触の危険が存した本件プラットホーム上で、通過電車に目の届かない四番線側のベンチに座つたまま、亡理究がホーム上で遊ぶのを放置して、これから目を離し、結局、亡理究が事故電車の通過により転倒したときも、すぐにはこれに気付かなかつたものであつて、その監護責任違背の過失は重大と言うべきこと、一方、被告には、前記のとおり、確実かつ具体的に事故電車の接近を予報しなかつた点において、安全運送義務違背の責任はあるものの、不十分とは言え、右方途に代わるものとして、事故電車をして青木駅接近にあたって警笛を吹鳴させており、大内田運転士も、亡理究を発見してからは直ちに警笛を乱鳴して亡理究及び保護者の注意を換起していること、また、被告には、前記のとおりより具体的かつ的確な列車接近予報の方途を講じる限りにおいては、それ以上に旅客の安全のために常時駅員を本件プラットホーム上に配置したり、本件プラットホームに防護柵を講じたりなどするまでの義務はないものと認められること、具体的にも、本件事故は亡千代治が今少し亡理究の行動に注意していさえすれば優に避けることができたと認められること、あるいは、亡千代治には本件に表われた程度の監護能力しかなかつたものとすれば、さかのぼつて、前記認定のとおり亡千代治に三才及び四才の幼児二名の監護を任せた原告ら両名にも責められるべき点があると考えられること等の各点に徴すると、本件事故発生に対する亡理究の被害者側の過失はすこぶる大きいと言わねばならず、公平の観点から右事情を勘案すると、過失相殺として、前記各損害額の四分の三を減ずるのが相当である。

五弁護士費用  金五〇万円

原告らは、本訴に要した弁護士費用として金七〇六万円を請求するところ、一般に、他人によつて権利を侵害された者が、その権利を行使するために訴を提起する必要上弁護士に訴訟を委任することは通例のことであるが、わが国の如く、法により複雑な訴訟手続が定められ、訴訟の追行に幾多の専門的知識を要求される訴訟制度下において、しかも、本件の如き立証困難な損害賠償事件については、特に弁護士に訴訟を委任する必要があるものと認められる。そうだとすると、代理人たる弁護士に支払うべき費用は特段の事情のない限り当該権利侵害に伴う通常の損害というべきであり、かかる特段の事情の認められない本件にあつては、本件事故の態様、本訴の審理経過、認容額その他諸般の事情に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては、金五〇万円(原告ら各自金二五万円)が相当であり、原告らは、民法七〇九条に基いて、被告に対し、右賠償を求めることができるものである。

六結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求は、被告に対し、それぞれ右過失相殺後の損害合計額に弁護士費用を加えた金額の二分の一宛である金二七一万二六七三円(円未満切捨)及び内亡理究の損害賠償請求権を相続した部分(前記三の1)である金一九八万一四二三円に対する本件事故の日である昭和四九年七月二六日から昭和五二年六月一三日まで民事法定利率である年五分の(本件不法行為に基く被告の損害賠償債務は本件事故の日から遅滞に陥るものと解するのが相当である。)、本件記録に徴して訴状送達の日の翌日であることが明らかな同月一四日から支払ずみに至るまで商事法定利率である年六分の(本件債務不履行に基く商法上の損害賠償債務は、履行の催告とみられる訴状送達の日の翌日から遅滞に陥ると解するのが相当である。)各割合による、内原告ら固有の損害部分(前記三の2及び五)である金七三万一二五〇円に対する本件事故の日である昭和四九年七月二六日から支払ずみに至るまで民事法定利率である年五分の割合による、遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、原告らの本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容し、その余の請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(弓削孟 海老根遼太郎 太田善康)

逸失利益計算書〈省略〉

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